地球の皆様おはこんばんにちはm(_ _)mしまです。
本日も進化するハイハイ赤ちゃん!manseiをオオクリシマス!!。

いつものパターンでポチ☻。
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あれから3年、あの日からもう。
震災から3年が経ち、月日の早さにただただ何ができて何をなしてきたか考えさせられる。
3年前の今日、あの地震直後の映像を目の当たりにした自分が震えた。
誰も偉い人達もここまでの被害が津波が来ることを・・・。
衝撃な映像を人々が悲しみにくれる映像を目の当たりにした自分が何ができるか?。
いても経ってもいたらず、仕事も辞め家族の賛成をハンバ同意させ、二ヶ月後に宮城県仙台市にある、工務店の門をたたいていた。
どこの馬の骨ともわからない関西の人間を宮城の人達は私の想いを受けとめ暖かく迎えてくれた。
平日は工務店での復興、休日はボランティア活動。
慣れない屋根下ろしや解体、足場組やボート張り・・、見た目に住めそうな市内の家に赤紙が貼られ、いつ倒壊するかもしれないと。解体。
玄関のあかない家ゆがんだ窓瓦の無い屋根、いたる所に震災の爪がささる現状。
一方、休日に伺っていた七ヶ浜町のボランティア活動。悲しみや苦しみなどない、すべてが何も無い家の基礎だけが残って、何も無い。流され集まった残材だけが積み上げられ、思い出だけがそこに残るように感じ、何かがこみ上げる。
自然災害、どうする事もできない、起こるときは起こる。起こることを想定した何か確保できうる何か。
自分が思う何かとは、家族が今どこにいるのか?今日は何をしているのか?気軽にできるソーシャルの時代だからこそ、連絡だけは常に繋がっていたい。

この笑顔があるかぎり。
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